休むってなんだろう。
休むってなんだろう。
そんなことを考えながら、
小笠原諸島から5泊6日(船舶2泊)
帰ってきて、1ヶ月経ちました。
帰ってきてからしばらく
放心状態みたいな感じになって、
まさに
ハンターハンターのゴン(蟻編)
・・・みたいな感じでした。
※気になる方はググってくださいw
絵も全然描く気が起きなかったけど、
後半からなんだか描けるようになった。
まぁそんな時もあるよな。ということで。
無理矢理描くのも違うし。
なぜ小笠原諸島に行ったの?って
聞かれることが多々ありましたが、
「行きたかっただけ。」です。
圧倒的な何かに出会いたかった。
意味なんてなくて、後で振り返ると、
「行きたいところに行く」っていうことをしたかった。
意識の深いところに
ずっとあったような気がして、
いつか行きたい場所だったんですよね。
もう行きたいなら叶えてあげたいなと。
父島ではなく、さらに南の母島へ。
この話はまた別の機会に。
僕の中ではとんでも無いことが
起きたような気がしたけど、
本当はそうでも無いのかもしれない。
まだ言語化できない不思議な感じ。
旅行記を作りたいなと思ってる。
ワクワクするような
体験や、動植物、
感覚的なこと、
どこかの情報を貼って取って
つけたようなネット記事じゃなくて
僕がそこに行ったという冒険記。
要するに本だ。
アナログなことをやって共有したい。
それは行って帰ってきても
変わらなかった。
そしてまた母島へ戻りたい。
帰りたいっていうより
戻りたいみたいな感じになった。
でも場所というより、
人との出会いが僕をそう感じさせたんだと思う。
出航の「行ってらっしゃい」と抱擁は
なんとも言えない気持ちになった。
「休む」ということはどういうことなのか。
鋭気(英気)を養うとはどういうことなのか。
親も学校も誰も教えてくれない。
でも時間と日数は与えられる。
自分で意識しだしたのは2年くらい前から。
つい最近の話。
個体がバラバラだから人によって
「何をすれば休まるのか」は大きく分類できても
細分化されていると思う。
違うんですよ。
休みだけポーンって与えて、
なんとなくみんなと似たような感じで。
それとなく休むとね。
しっくりこないというか。
タイミングも量も全然その時で違う。
寝る、食べる、遊ぶ
寝ても寝ても疲れている人もたくさんいる。
飽きるまでめいいっぱいやってしまえばいいと思う。
自分の渇きは、
本当のところは自分でしかわからない。
喉が乾いたら、自分で飲み物を飲む。
あるいは飲めない環境であれば、
飲みたいと言う、表現する。
改めて、自分で自分を感じる。が大事だなと。
でも誰かの助けやきっかけが必要な時もあるけどね。
僕は自然が大好きだけど、木が好きだ。
木はよく教えてくれる。写真はどんぐりの木。
種は20~30個植えたけど、
4つしか発芽しなかった。
で2つは枯れて、今は2つ。
木は木であり続ける。
どの生き物もそうなんだけど。
みんなまっすぐ生きているだけ。
好かれようとか
魅せようとか
森になろうとか、なんてしていない。
何も成そうとしてない。
根っこで感じで、枝をたくさん張りめぐらせる。
踊りながら伸びていく。
(右回転に伸びていくんだっけかな?)
そんなことをこの二人と話している。
自分を生きる。自分を生きればいい。
実も熟す前から、若くて苦い実を誰かにくれてやるな。
満ちてからできる時にできることをしたらいい。
そんな人(木)がたくさん増えたら、
きっと豊かな社会(森)になる。
癒そう、救おうと力まなくても、
もっと多くの人にとって、
心が、安心で、安全な社会になるんじゃないかなって。
それが豊かさなんじゃないかなと。
なんだか文章を書こう!と急に思い立ったけど、
着地が見えないまま、今日は終わり。
ああ、どんぐりに名前をつけてやらねば!