"なるかわしんごの作業部屋"

なるかわしんご

子どものことやえほんのことについて、感じたり思ったことを書いています。

僕は明日のことを考えている。

2月中旬、新幹線で
東京から名古屋に帰る途中で
急にめまいや動悸が始まった。

「ああ、またか。」

と思いつつ、キャラメルを口に入れ、
お茶を少し飲みながら対処する。

脂汗がジワジワと出てくる。
呼吸に集中するが
どうしても脈が早くなっていく。


「赤ちゃんがお母さんから
出てくるときは
こんな感じなんだろうか。」

いろんなことを考えながら
なんとか持ちこたえた。
約90分の道のりは大変だった。

家に帰ったものの、
数日、体がずっと重かった。
いつでもそれがまた起こるような気がして。

しばらく電車に乗らないようにした。
今でも少しその残骸が
体のどこかにいる感じがしている。

22歳の時、自宅で倒れて
救急車で運ばれた経験がある。

それから何年かに数回
同じような症状が出る。

今回は早めに来ることがわかった。
そことだけは不思議と嬉しかった。
自分の声を聞けた感じがしたというか。

どうしようもない怒りや悲しみそれを反芻すると
涙の代わりとなって
身体が反応しているのではないかと思う。
何かを浄化させようと。

おそらく僕にとって過去を思い返し、
言葉にするのには、
想像以上にエネルギーを要するということなのだ。

過去の記憶と感情、
そこに僕の置いてきた何かがある。
ずっと蓋をしてきたものだ。

泣くことや怒ることを拒絶された子どもは
(そうするのが一番安全に暮らすためには必要だった)
大人になった時、それがうまく出せない。


f:id:NarukawaShingo:20190302011428p:plain


最近、人の涙に触れることがある。

感情をうまく出せない自分と照らし合わせた時に、
「なんと気持ち良さそうなんだろう」と感じ、
反応する自分がいる。

以前は受け入れにくいものでもあったが、
子どもが生まれ、涙や怒りは美しいものではないかと
思うようになった。


https://www.instagram.com/p/BsuqMPkhZW0/


どの感情も美しいものだし
どの感情も自由なんだ。

宮崎駿氏が、大粒の涙を大げさにポロポロ描く意味を
なんとなくわかった気がする。

いつかそんな涙を取り戻せるだろうか。
いつかそんな日が来たら、
きっとすぐさま
「あ、今、僕は泣いているゾ!!」と
嬉しくなって
それを思考してしまうんだろうな。
ああ、いやだなぁ、そんなの。

いやだなぁと思いながらも、
これからどう自分に戻っていくかを
感じながら生きてみたいと思う。


この世界を、
もうどうしようもなくなっているのに、
 やはり肯定したい気持ちにさせられる。
あきらめと希望が同居し、
明るさと悲しみが一緒くたなのに、
 私は明日のことを考えている。
(武満 徹)

 

ふと彼のことばを思い出して、
僕は明日のことを考えている。